「こんな日はね,夫が遺してくれた本を読んで過ごすのよ」
祭壇のある室内から窓の外を見ている私に,ご婦人は微笑みました。
時折雨音が強くなるけれど,その音は庭石を打ち静かに吸い込まれていきます。
お亡くなりになった方は,これまで本を読むことが苦にならないお仕事を長年され,退職後も読書家であったようです。
「これまで,(本を読んでいて)わからないことがあるとすぐ夫に聞いてたのよ,すぐに答えてくれるし。字も読めはするけれど,書けないこともおおくてね。夫に尋ねるとね,大概解決したのよ。」
ゆっくりと静かに語る奥様。
染み込むような雨音。私の鼓動まで聞こえているのではないかと思ってしまうほどの静けさ・・・・
車も通らない,生活音のない集落で,静かな時を過ごす
「今は・・・・・
(その夫も)いないから,本を読んでわからないと,文章の前後を読み返してゆっくり考えるのよ。この歳になって知ってもねって思いながらなんだけど」
今暖かいものいれるわね,といい部屋をあとにする奥様。
染み入るほどの静けさは,どこからくるのでしょうか。
少し手続のお話をしたあとは,お掃除をしていたらみつかったという,
御主人が大事に保管しておられた若いお二人の証明写真を見ながら
ご親族の今と奥様の今のお話を伺いました。
熱い葛湯が,思い出と一緒にカラダに染み渡ります。
またお会いする日をお約束して,ご自宅をあとにした私。
静けさの答えが見つからないまま,来た道を戻りました。
その夜,照明のスイッチを入れて,明るくなると同時に
電気の流れる音でハッとしたのです。
世代が異なることで極端に家電の数が変わります。現役世代なら,今の時代たくさんの家電を備えていて,人数の多い少ないに関わらず何らかの家電が常に稼働し電気を使っていますが,高齢になればなるほどその数は減り,日中過ごす部屋にしか電力はこない,本当に音がないのです,照明もつけない仏間には。そこは,まるで誰もいないお寺の本堂にいるようでした。
マインドフルネス
老いるということは
独りになるということは,
このような時間が私にも訪れるのだろうか
先のことは誰にもわからないのですが
自分がやがて迎える「老い」に触れたような気がしました。
社労士・行政書士 かしむら